普段、当たり前のように使っているウェブサイトやサービス。その裏側で、どのような技術が動いているのか、意識する機会はあまりないかもしれません。
ところが、2026年10月、PHPの重大な脆弱性に関する情報が公開され、セキュリティ更新への対応が求められました。
PHPとは、ウェブサイトやウェブサービスの開発などに広く使われているプログラミング言語です。今回のように、普段は意識することのない技術に関する情報が突然注目されると、何が起きているのか、どのような影響があるのか、すぐには理解できないこともあります。
SNSにも、さまざまな反応が見られました。
自分が利用しているサービスは大丈夫なのかと心配する人。自分で何か対策をしようとする人。危険性を説明し、注意を促す人。公式情報を確認して、正しいアナウンスを広める人。そして、普段と変わらず活動している人もいました。
同じ出来事に触れているのに、反応はさまざまです。
なぜ人は、危機的な出来事に直面すると、それぞれ異なる反応を示すのでしょうか。
そこには、知識や経験だけでなく、不安の感じ方、周囲の反応、何かをしようとする心理など、さまざまな要因が関係している可能性があります。
今回は、危機的な状況で起こりやすい4つの心理を取り上げながら、人の判断や行動について考えてみたいと思います。
なお、ここで紹介するのは、今回の出来事に関わった個々の人の心理を断定するものではありません。心理学の研究で明らかにされてきた傾向をもとに、私たちにも起こり得る心の働きを考えるものです。
1.知らないことに直面すると、不安が膨らむ
リスク認知と未知のものに対する心理
聞き慣れない専門用語や、これまで意識したことのなかった技術について、突然注意を促されたら、どのように感じるでしょうか。
「何が問題なのだろう」
「自分にも影響があるのだろうか」
「今すぐ何かしなければいけないのだろうか」
そんな疑問が浮かぶかもしれません。
情報が発表されていても、その意味や自分への影響を理解できるとは限りません。何が起きているのかを理解できなければ、危険の大きさを判断することも難しくなります。
こうした問題を考えるうえで参考になるのが、心理学者ポール・スロヴィックらが研究してきた「リスク認知」という概念です。
リスク認知とは、人が危険やリスクをどのように捉え、評価するのかという問題です。
スロヴィックは1987年の論文で、専門家と一般の人々では、リスクを評価する際に重視する要素が異なることなど、危険の捉え方を理解する重要性を論じています。
例えば、専門家は発生確率や被害の大きさなどを重視する一方、一般の人は、その危険をどれほど理解できるか、自分で制御できると感じるかといった要素にも影響されます。
つまり、同じ出来事でも、持っている知識や経験、危険をどのように捉えるかによって、感じ方が異なることがあるのです。
今回のPHPの件についても、技術的な仕組みや脆弱性について知識がある人は、どのような問題が起こり得るのかを具体的に理解していたかもしれません。
一方、普段からウェブサービスを利用していても、その裏側の仕組みを意識する機会がなければ、自分にどのような影響があるのか判断しにくかった可能性があります。
ただし、専門知識がある人ほど必ず危機感が強くなるわけでも、知識が少ない人ほど不安が大きくなるわけでもありません。
危険性を具体的に理解しているからこそ警戒する人もいれば、情報を十分に理解できず、漠然とした不安を感じる人もいます。また、知識があっても、影響の範囲や緊急性をどのように評価するかは人によって異なります。
知識の有無だけで、人の危機感や判断を説明することはできないのです。

2.周囲の反応を見て、危険性を判断する
社会的証明と情報的社会的影響
自分では判断できない出来事に遭遇したとき、私たちは何を手がかりにするでしょうか。
公式発表を確認することもあれば、専門家の解説を読んだり、SNSでほかの人の反応を見たりすることもあるでしょう。
自分だけでは状況を判断できないとき、周囲の人の行動や意見は、大切な判断材料になります。
このような心理を理解するうえで参考になるのが、「社会的証明」や「情報的社会的影響」という概念です。
社会的証明とは、多くの人が取っている行動を、適切な行動や判断の手がかりとして捉える傾向を指します。
また、情報的社会的影響とは、自分では状況を判断しにくいとき、ほかの人の意見や行動を参考にして、自分の判断を形成することです。
例えば、SNSで多くの人が警戒している様子を見ると、「これほど多くの人が心配しているのだから、重大なことなのだろう」と感じることがあります。
専門知識がない場合、詳しそうな人の説明や、多くの反応を集めている投稿が、判断の手がかりになることもあるでしょう。
しかし、ここには気をつけたい点があります。
多くの人が話題にしていることと、実際の危険性が高いことは、必ずしも同じではありません。
SNSでは、正確な情報も、誤解を含んだ情報も、同じように目に入る可能性があります。反応が多いことや、強い言葉で説明されていることだけでは、その情報が正しいかどうかは判断できません。
危機的な状況では、公式情報が十分に届かなかったり、内容を理解しにくかったりすることもあります。そのような状況でSNSに頼ると、未確認情報や相反する情報に触れる可能性があることは、実際の研究でも報告されています。
例えば、2017年にPNASに掲載された研究では、大学構内の封鎖事案に遭遇した学生を調査し、SNSを情報源として利用した人々が、相反する情報に触れていたことが報告されました。これは特定の緊急事態を対象にした研究であり、あらゆるSNS利用にそのまま当てはまるわけではありませんが、危機時の情報収集について考える手がかりになります。
周囲の反応を参考にすること自体は、自然なことです。大切なのは、周囲の反応を参考にしながらも、最終的には情報の出典や内容を確認することなのかもしれません。

3.不安を解消したくて、何かせずにはいられなくなる
コントロール感と行動による対処
何が起きているのか分からない。自分に影響があるのかも分からない。そんな状況では、落ち着かない気持ちになることがあります。
そして、不安を感じると、何かできることを探したくなる場合があります。
情報を何度も確認する。対策方法を検索する。自分で設定を変更する。周囲の人に相談する。
こうした行動は、状況を理解し、不安を和らげようとする反応の一つとして考えられます。
ここで注目したいのが、「コントロール感」です。
コントロール感とは、物事を自分で制御できる、あるいは自分の行動によって状況に影響を与えられるという感覚です。
自分ではどうにもできないと感じる状況では、情報を集めたり、対策を探したりすることで、状況を少しでも把握しようとすることがあります。
ただし、行動することと、実際に有効な対策を取ることは別です。
例えば、サーバー側の技術的な問題に対して、一般の利用者が仕組みを十分に理解しないまま設定を変更しても、問題の解決につながらない場合があります。
反対に、何もしないように見えても、公式発表を確認し、サービスの管理者による対応を待つことが適切な場合もあります。
外から見える行動の多さだけで、その人が状況を正しく理解しているかどうかを判断することはできません。
また、危機的な状況で情報を集めたり対策を考えたりすること自体が、問題なのでもありません。必要な情報を確認し、適切な行動につなげることは大切です。
考えたいのは、不安を解消するためにしていることが、実際の問題を解決するためにも役立っているかという点です。
何かをしたくなったときには、少し立ち止まって考えてみるのもよいかもしれません。
「これは自分で対処できる問題なのだろうか」
「この方法は、信頼できる情報源が勧めているものだろうか」
「今すぐ行動する必要があるのだろうか」
こうした問いかけが、気持ちを落ち着け、行動を選ぶための手がかりになることがあります。

4.誰かの役に立とうとして、情報を広める
向社会的行動と情報共有の心理
危機的な出来事が起きたとき、自分が知った情報を誰かに知らせたいと思う人もいます。
公式発表を分かりやすく説明する。注意点をまとめる。正しいアナウンスを拡散する。
こうした行動は、ほかの人が状況を理解し、適切に判断できるように助けることにつながります。
心理学では、他者や社会の利益につながることを目的とした行動を「向社会的行動」と呼びます。人を助ける行動や、誰かの役に立とうとする行動などが含まれます。
情報を共有する行動も、状況によっては向社会的な行動として考えられます。
2024年に発表されたメタ分析では、緊急時の情報をSNSで拡散する要因について、21件の実証研究、合計約123万人のデータが検討されました。研究では、受け手側の社会的・感情的な動機や、情報の感情的な強さなどが、情報拡散と関連していることが報告されています。
つまり、人は単に情報の正確さだけで共有するかどうかを決めているわけではありません。誰かに知らせたい、役に立ちたい、重要な情報を見逃してほしくないといった動機も関係している可能性があります。
ただし、善意があることと、情報が正確であることは別です。
役に立つと思って共有した情報が、古い情報だったり、一部の条件が抜け落ちていたりすれば、受け取った人を混乱させてしまうこともあります。
だからこそ、情報を広めるときには、発信元を確認すること、更新日時を確かめること、元の文章が伝えている意味を変えずに共有することが大切です。
誰かの役に立ちたいという気持ちを、確かな情報を届ける行動につなげること。
それもまた、危機的な状況で私たちにできる大切なことの一つではないでしょうか。

危機的な状況に直面したとき、少し立ち止まって考えたいこと
ここまで、危機的な出来事に直面したときに起こりやすい4つの心理を見てきました。
知らないことに不安を感じる。周囲の反応を参考にする。何かをして状況を変えようとする。誰かの役に立つために情報を共有する。
どれも、特別な人だけに起こる反応ではありません。
また、同じ人であっても、状況や経験、得られる情報によって反応が変わることがあります。
では、私たちは危機的な状況に直面したとき、どのようなことを意識すればよいのでしょうか。
1.事実と、自分が感じている不安を分けてみる
「危険に関する情報が発表された」という事実と、「自分にも影響があるのではないか」という心配は、関連していても同じものではありません。
まずは公式発表などで確認できる事実と、まだ分かっていないことを分けてみましょう。
分からないことが残っていても、すべてを一度に理解しようとしなくて大丈夫です。自分に関係する情報から、一つずつ確認していく方法もあります。
2.すぐに行動する前に、何が有効なのかを確かめる
不安を感じると、何かをすれば安心できそうに思うことがあります。
そんなときは、自分が対処できる問題なのか、信頼できる情報源が推奨している方法なのかを確かめてみましょう。
自分で対応することが適切な場合もあれば、専門家や管理者による対応を待つことが適切な場合もあります。
大切なのは、行動すること自体を目的にせず、状況に合った方法を選ぶことです。
3.情報を共有するときは、出典と内容を確かめる
誰かの役に立ちたいという気持ちは、大切なものです。
だからこそ、情報を共有するときには、発信元や更新日時を確認し、元の情報が伝えている内容を正しく理解しておきたいですね。
すぐに広めることだけが、誰かを助ける方法ではありません。確認できていない情報を広めずにおくことも、混乱を防ぐ行動の一つです。
まとめ:心理を知ることは、自分の反応を理解すること
危機的な状況で、いつも冷静に判断するのは簡単なことではありません。
不安になることも、周囲の反応が気になることも、何かしなければと感じることもあるでしょう。
そんなとき、自分や誰かの行動をすぐに評価するのではなく、「どのような心理が働いていたのだろう」と考えてみることもできます。
心理学を学ぶことは、人の行動を分類したり、誰かの反応を批判したりするためだけのものではありません。
自分もまた、状況や感情の影響を受ける存在なのだと知ること。そして、反応する前に少し立ち止まり、情報を確かめ、次の行動を選ぶ余地をつくること。
それが、危機的な出来事に向き合うときの助けになるのかもしれません。
いつも完璧に判断できなくても大丈夫です。
分からないことに出会ったときこそ、確かな情報を一つずつ確かめながら、自分にできることを考えていきたいですね🌿

参考・出典
心理学・研究論文
- Slovic, P. (1987). Perception of Risk. Science, 236(4799), 280–285.
https://doi.org/10.1126/science.3563507 - Siegrist, M., & Árvai, J. (2020). Risk Perception: Reflections on 40 Years of Research. Risk Analysis, 40(S1), 2191–2206.
https://doi.org/10.1111/risa.13599 - Jones, N. M., Thompson, R. R., Dunkel Schetter, C., & Silver, R. C. (2017). Distress and rumor exposure on social media during a campus lockdown. Proceedings of the National Academy of Sciences, 114(44), 11663–11668.
https://doi.org/10.1073/pnas.1708518114 - Li, Y., & Sheng, D. (2023). Navigating uncertainty in human social decision-making: Consequences and coping strategies. Social and Personality Psychology Compass, 17(6), e12756.
https://doi.org/10.1111/spc3.12756
※この論文は不確実性と社会的意思決定、対処方略を扱ったレビューです。コントロール感や行動の動機を考える際の関連資料として参照しています。ここで説明したすべての行動が、単一の心理メカニズムで生じるという意味ではありません。 - Li, Y., & Sheng, D. (2024). Determinants of public emergency information dissemination on social networks: A meta-analysis. Computers in Human Behavior, 152, 108055.
https://doi.org/10.1016/j.chb.2023.108055 - Globig, L. K., & Sharot, T. (2024). Considering information-sharing motives to reduce misinformation. Current Opinion in Psychology, 59, 101852.
https://doi.org/10.1016/j.copsyc.2024.101852
公的機関・技術情報
- 独立行政法人情報処理推進機構(IPA)「【事前準備のお願い】PHPのセキュリティリリース公開予定について」(2026年10月21日)
https://www.ipa.go.jp/security/security-alert/2026/pre-alert20261021.html - PHP公式サイト「Security advisory: Critical remote code execution vulnerabilities, update now」(2026年10月21日)
https://www.php.net/archive/2026.php - World Health Organization(WHO)「Communicating risk in public health emergencies」
https://www.ncbi.nlm.nih.gov/books/NBK540733/
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