「みんな」という言葉に、心理的な圧を感じるとき

心を探求してみよう

日常の中で、

「みんな言っているよ」

「みんなそうしているよ」

そんな言葉を耳にすることがあります。

強く否定されたわけでも、命令されたわけでもないのに、

なぜか心に小さなモヤモヤが残る。

自分の感じていたことが、少し奥に引っ込んでしまうような感覚。

一方で、思い返してみると、

自分も無意識のうちに

「みんな」という言葉を使ったことがある、

という方もいるかもしれません。

この記事では、

「みんな」という言葉が使われるときの心理的な背景と、

言う側・言われる側、

それぞれの心の動きについて、いっしょに考えてみたいと思います。

「みんな」って誰?

「みんな」という言葉は、

とても便利である一方、

どこまでの範囲を指しているのかが分かりにくい言葉です。

人数も、顔も、具体的な対象も見えないまま、

「多くの人」「ほぼ全員」のように感じられてしまうことがあります。

その結果、

「自分だけが違うのかな」

「私の感覚がおかしいのかな」

そんな不安が、静かに生まれることもあります。

心理学では、

対象が曖昧な言葉が使われるとき、

人はその空白を、

自分にとって一番不安になる形で埋めてしまいやすいと考えられています。

「みんな」という言葉を使ってしまう心理

では、人はどんなときに

「みんな」という言葉を使いやすくなるのでしょうか。

● 相手を説得したい気持ちがあるとき

自分の意見として伝えるよりも、

「多くの人がそうだ」と伝えた方が、

相手に受け入れてもらえそうに感じることがあります。

このとき、実際の人数よりも広い範囲を想像してしまうこともあります。

悪意というより、

納得してほしい、分かってほしいという気持ちが背景にあることも少なくありません。

●誰かと比べているが、誰とは言えないとき

「他の人はできている気がする」

「周りはもっと上手くやっているように見える」

そんな感覚はあっても、

具体的な比較対象を言葉にできないことがあります。

その曖昧さが、「みんな」という表現につながることがあります。

● 特に深く考えず、常識を説明しているとき

自分にとって当たり前のことを、

そのまま共有しているだけ、という場合もあります。

この場合、相手に圧をかけるつもりはなく、

無意識の前提が言葉に出ていることもあります。

●自分の意見として言う自信が持てないとき

「私はこう思う」と言うことに少し不安を感じるとき、

意見を集団に預ける形で表現したくなることがあります。

● 場の空気を早くまとめたいとき

意見が割れることに疲れてしまい、話し合いが長引いてしまうため、

「みんな」という言葉で場を収束させようとする場合もあります。

どれも、人としてとても自然な心の動きです。

言われた側の心理

一方で、「みんな」と言われた側には、

こんな気持ちが生まれやすくなります。

● 自分だけが違っているような不安

集団から外れてしまったような感覚は、人にとって大きなストレスになります。

心理学では、

このように「周りと同じでいなければならない」と感じる心の働きを、

同調圧力と呼ぶことがあります。

強く命令されたわけではなくても、「みんな」という言葉だけで、

その圧を感じてしまうこともあるのです。

● 誰かに何か言われているのではないかという心配

「みんな」の中に、実在の誰かを想像してしまい、

見えない評価を気にしてしまうことがあります。

●自分や相手を疑ってしまう

「私が気にしすぎなのかな」

「もしかして、遠回しに言われている?」

そんな思いが、同時に浮かぶこともあります。

みんな」という言葉が使われる場面の心理

心理学的に見ると、

「みんな」という言葉の性質は、使われる場面によって少し異なります。

限定的な集団で使われる「みんな」

クラスや部署など、参加する集団が明確な場合、

「みんな」は情報共有や目標確認として機能しやすい傾向があります。

共通のルールや規範があり、言葉の意図が比較的分かりやすい場面です。

心理学的には、

■規範的影響・・集団の中で孤立しないように、ルールや多数派に合わせようとする心理

■同調行動・・「みんながそうしているなら」と感じ意見や行動を周囲に合わせていく反応

など、「みんな」という言葉で行動を後押しする役割を持つことがあると考えられています。

1対1で使われる「みんな」

一方、1対1の場面で使われる「みんな」は、

心理学的には、このような場面では次のような心の働きが関係していることがあります。

■社会的証明・・多くの人がそうしている、という形で自分の考えを正当化する心理

■責任の分散・・「自分が言っている」のではなく、「みんなが言っている」ことにすることで、発言の責任や重さを和らげようとする心理。

■認知バイアス・・自分の経験や価値観を通して物事を見てしまい、それが一般的だと思い込んでしまう傾向。

「みんな」という言葉の中には、こうした心理が無意識に込められていることもあります。

みんなという言葉に振り回されないために

「みんな」という言葉を聞いたとき、

私たちの心は思っている以上に揺さぶられてしまうことがあります。

「みんな」という言葉に出会ったとき、

自分の心を守りやすくなる視点をいくつか紹介します。

バウンダリーを意識してみる

「みんな言っているよ」と言われたとき、

その言葉がどこまで自分の問題なのかを、そっと切り分けてみてください。

・それは、私のことなの?

・言っている側の価値観や不安を代弁ではないかな?

心理学では、

自分と他人との心理的な境界をバウンダリーと呼びます。

「みんな」という言葉は、この境界を曖昧にしやすい言葉でもあります。

相手の言葉と、自分の感情や判断を切り分けること。

「みんな」という言葉をそのまま、自分の価値に取り込まなくていいのです。

自分の感覚を小さく検証してみる

「みんな」が正しいのかも・・

と、自分をすぐに否定せずに、

まずは、「私はどう感じているかな」「何が引っかかるかな」と

一度立ち止まって自分の気持ちを見直すことをメタ認知と呼んでいます。

「みんな」に取り込まれそうなとき、

自分の内側をそっと確認する時間が、あなたの心を守る助けになります。

人と違うのは当たり前

「みんな」と違うのかな・・と感じたとき、

私たちは無意識に不安になります。

でも、人と違う感じ方や選び方を持つことは、むしろ自然なことです。

同じ景色を見ても、同じ言葉を聞いても、心に浮かぶものは人それぞれ違うのです。

「みんなと同じでない」=間違いではありません。

頭ではわかっていても、いざ「みんな」という言葉に直面したとき、

瞬時に「人はそれぞれ」と、気持ちを切り替えることが難しいことがあります。

モヤモヤしたとき、「人はそれぞれ」と思い出すことで、

不快な気持ちを早く遠ざけることに役立つと思います。

スルースキルも選択肢のひとつ

全てを受け入れなくてもいいのです。

それに、無理に反論しなくてもいいのです。

その場ではただ流して、あとから自分の中で整理してもいい。

「みんな」という言葉が差し出されたとき、

全部を真に受けずに、

「そういう考えもあるんだな」

と、少し距離をとるスルースキルを活用するのもいいかも知れません。

まとめ

「みんな」という言葉に少し息苦しさを感じたとき、

それは、自分の心を守るための判断なのかも知れません。

無理に納得しなくてもいい。

すぐに答えを出さなくていい。

「今は決めない」

「少し考えたい」

そんな選択肢があってもいいのです。

あなたの心の小さな声に耳を澄ませて、やさしく受け止めてあげてくださいね🌿

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