「最近どう?」と聞かれて、なんとなく答えに詰まってしまうことはありませんか?
怒っているのか、悲しいのか、疲れているのか。
自分でもよくわからないまま、「まあ、普通かな」とだけ答えてしまう。
「どう感じた?」と聞かれると頭が真っ白になる。
感情を言葉にしようとするほど、余計にわからなくなる。
そんな経験が続くと、「私って薄情なのかな」「感受性が乏しいのかな」と自分を責めてしまうこともあるかもしれません。
でも、それはあなたのせいではない可能性があります。
今回は、「感情を言葉にしにくい」という状態、心理学では「アレキシサイミア(感情失語)」と呼ばれる傾向について、わかりやすくお伝えします。
アレキシサイミア(感情失語)とは?
アレキシサイミア(Alexithymia)は、1973年にハーバード大学の精神科医・ピーター・シフネオス(Peter Sifneos)が提唱した心理学上の概念です。
ギリシャ語で、
- a(ない)
- lexis(言葉)
- thymos(感情・心)
を組み合わせた言葉で、日本語では「感情失語」や「失感情症」と訳されることがあります。
ただし、これは病名や診断名ではありません。医学的な疾患ではなく、感情を言葉にしにくい傾向や特性を指す概念です。
シフネオスは、心身症(ストレスが体の症状に出やすい状態)の患者さんを診察する中で、「自分の感情をうまく言葉にできない人が多い」ことに気づき、この概念を提唱しました。
その後、カナダ・トロント大学のグラハム・テイラー(Graeme J. Taylor)らが研究を深め、1994年に「トロント・アレキシサイミア尺度(TAS-20)」という測定ツールを開発しました。現在では、一般の人口の約10〜13%にアレキシサイミアの傾向が見られるといわれています(Taylor et al., 1997)。
こんな特徴、思い当たりませんか?
アレキシサイミアの傾向がある方には、次のような特徴が見られることがあります。チェックリストとして読んでみてください。
✅ 感情より体の感覚で気づく 「悲しい」とは思わないのに、なぜか胃が痛い。「怒っている」とわからないのに、肩がこっている。感情が体の症状として先に出てくることがあります。
✅ 感情を聞かれると「わからない」と答えてしまう 「どう思った?」「どんな気持ち?」と聞かれると、答えが見つからず沈黙してしまうことが多いです。
✅ 感情の言葉が出てきにくい 映画を見ても「よかった」か「よくなかった」しか出てこない。嬉しいのか安心しているのか満足しているのか、細かいニュアンスがよくわからないことがあります。
✅ 空想や想像があまり広がらない 夢想したり、「もしこうだったら…」と想像をふくらませることが苦手なことがあります。
✅ 論理や事実の話は得意だが、感情の話が苦手 仕事や事務的な会話はスムーズなのに、感情的な話題になると途端に言葉に詰まることがあります。
いくつか思い当たるところがあったでしょうか? これらはあくまで傾向の目安であり、いくつ当てはまったからといって何かが決まるわけではありません。「こういう傾向があるのかもしれない」という気づきとして受け取っていただければ幸いです。
なぜ感情を言葉にしにくくなるの?
アレキシサイミアの原因はひとつではなく、さまざまな要因が絡み合っていると考えられています。
幼少期の環境
感情を表現することを受け入れてもらえなかった環境で育つと、感情を言葉にするトレーニングができないままになることがあります。「泣くな」「そんなことで怒るな」と言われ続けると、感情を感じることより、感情を抑えることに慣れてしまうことがあります。
ストレスへの防衛反応
感情を感じることがつらいとき、無意識のうちに感情をシャットアウトする「感情の麻痺」が起こることがあります。これは心を守るための反応ですが、長く続くと感情そのものへのアクセスが難しくなることがあります。
気質・神経学的な違い
生まれつきの気質や、脳の感情処理の仕方の違いが関係しているという研究もあります。左右の脳半球をつなぐ「脳梁」の機能に関連があるという仮説もあり、神経科学の観点からも研究が続いています(Bermond et al., 1994, アムステルダム大学)。
文化的な背景
「感情は外に出さないほうがよい」「察してほしい」という文化では、感情をあえて言語化する機会が少なくなることがあります。日本の文化的背景もこの点で影響することがあるといわれています。
感情を言語化できないと、どんな影響がある?
アレキシサイミアの傾向があると、日常生活にいくつかの影響が出ることがあります。
人間関係での誤解 感情を言葉にしないため、「冷たい人」「何を考えているかわからない」と思われてしまうことがあります。本人はそのつもりがないので、戸惑いを感じることも多いかもしれません。
自分のストレスに気づきにくい 感情が言語化できないと、「しんどい」という状態に気づかないまま無理をしてしまいがちです。気づいたときには体に症状が出ていた、ということも起こりやすいといわれています。
感情のコントロールが難しくなることも 感情に名前をつけることができると、感情を落ち着かせやすくなるという研究があります(Lieberman et al., 2007, UCLA)。逆に言えば、言語化が難しいと感情の波をうまくコントロールしにくくなることがあります。
⚠️ただし、これは「アレキシサイミアの傾向がある人はみんなこうなる」ということではありません。傾向の程度にも個人差がありますし、気づいてから意識的に取り組むことで、変化が生まれることも十分あります。
感情を言語化する力を、少しずつ育てるには
感情を言葉にする力は、トレーニングで少しずつ育てることができるといわれています。無理に「感情的な人」になる必要はありません。小さなことからでも大丈夫です。
① 感情日記を1日1行つけてみる
「今日、○○があって、なんとなくもやもやした」
それだけで十分です。正確な言葉でなくても、「なんとなく」「ちょっと」という曖昧な表現から始めてみましょう。書くことで、自分の感情に少しずつ目が向くようになっていきます。
② 「感情の言葉リスト」を手元に置く
喜び・悲しみ・怒り・不安・安心・恥ずかしい・誇らしい…こうした感情の言葉を一覧にしたものを手元に置いておくと、「今の自分はどれかな?」と照らし合わせることができます。感情に名前をつける練習になります。
③ 「よかった/よくなかった」の先を探してみる
映画や本を見たあと、「よかった」と感じたなら、「何がよかったんだろう?」と少しだけ深掘りしてみましょう。「主人公が諦めなかったところが、なんか励まされた気がした」という言葉が出てくれば、それが感情の言語化の第一歩です。
④ 信頼できる人や専門家に話してみる
感情を言葉にすることは、ひとりでやらなくてもいいことでもあります。カウンセラーや心理士との対話の中で、自分の感情に気づくきっかけをもらえることがあります。「うまく話せないかもしれないけれど」という不安があっても、そのまま伝えてみるだけで大丈夫です。
おわりに
感情を言葉にできなくても、あなたの中に感情がないわけではありません。
ただ、感情と言葉をつなぐ橋が、少し細かったり、見えにくかったりするだけかもしれないのです。
「なんとなくしんどい」は、立派な感情のサインです。 「うまく言えないけど、なんかもやもやする」も、あなたの心が何かを感じている証拠です。
感情を言葉にすることは、才能でも特技でもなく、少しずつ育てていけるものだと、多くの研究者が伝えています。
焦らなくていいです。完璧に言語化できなくてもいいです。 「今日は少しだけ、自分の気持ちを観察してみよう」そんな小さな一歩から始めてみませんか?
この記事の最後に、私から皆さまへお願いです。心理学用語は、病名ではありません。傾向や特徴をわかりやすく示すために付けられた用語でしかありません。決して、誰かを責める言葉、自分を責める言葉にしないでください。
どうか心理学の知見が、あなたの人生をあたたかなものにしてくれることを祈っています🌿
参考文献・引用
- Sifneos, P. E. (1973). The prevalence of ‘alexithymic’ characteristics in psychosomatic patients. Psychotherapy and Psychosomatics, 22(2-6), 255–262. Harvard University.
- Taylor, G. J., Bagby, R. M., & Parker, J. D. A. (1997). Disorders of affect regulation: Alexithymia in medical and psychiatric illness. Cambridge University Press. University of Toronto.
- Bermond, B., Vorst, H. C. M., Vingerhoets, A. J. J. M., & Gerritsen, W. (1999). The Amsterdam Alexithymia Scale: Its psychometric values and correlations with other personality traits. Psychotherapy and Psychosomatics. University of Amsterdam.
- Lieberman, M. D., Eisenberger, N. I., Crockett, M. J., Tom, S. M., Pfeifer, J. H., & Way, B. M. (2007). Putting feelings into words: Affect labeling disrupts amygdala activity in response to affective stimuli. Psychological Science, 18(5), 421–428. UCLA.
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