定型の安心、そこからの脱却。どちらも「自分らしさ」のかたち

心理メカニズム

毎朝同じ時間に起きて、同じ道を通って、同じような一日を過ごす。
そのことに、どこかほっとしている自分がいる。そんな感覚に、心当たりがある方は多いのではないでしょうか。

一方で、ふとした瞬間に「このままでいいのだろうか」という声が、心のどこかから聞こえてくることもあります。

安心していたいのに、変わりたい。

その一見矛盾するような感覚は、実はどちらも人間にとって自然な心の働きだといわれています。

「型」があると、なぜ心が落ち着くのか

人には、曖昧な状態よりも、はっきりとした答えや見通しを求める心理が備わっているといわれています。心理学者アリー・クルグランスキー氏(メリーランド大学)が提唱した「認知的完結欲求(Need for Cognitive Closure)」という考え方では、人は不確実さそのものに負担を感じ、予測可能で秩序だった状態を心地よく感じる傾向があるとされています。

毎日のルーティンや決まった手順は、この「先が見える」という感覚を与えてくれるもの。
だからこそ、同じことを繰り返すという行為そのものが、私たちの心を静かに支えてくれているのではないでしょうか。

定型があることで、次に何が起こるかを予測できる
予測できることは、心のエネルギーの消耗を防いでくれる
「型」は弱さではなく、心を守るための知恵ともいえる

それでも、人は「変わりたい」と感じる

一方で、人間の脳は「新しいもの」に触れたとき、報酬に関わる部位が活発になることが分かってきています。神経科学者ニコ・バンゼック氏とエムラ・デューゼル氏(ロンドン大学UCL)の研究では、脳の中脳にある部分が、見慣れたものよりも新しい刺激に対して強く反応することが示されました。
この反応は、まだ何の報酬も得ていない段階、つまり「新しさ」そのものによって引き起こされていたそうです。

つまり、人は本能的なレベルで、新しいものに惹かれるようにできているといえるかもしれません。
「このままでいいのか」という気持ちが湧いてくるのは、決して自分がわがままだからでも、今の生活に感謝が足りないからでもなく、脳に備わった自然な仕組みだと捉えることもできそうです。

安全か、成長か。心理学者マズローが見た人間の選択

人間性心理学の創始者として知られるアブラハム・マズロー氏は、著書『存在の心理学』(1962年)の中で、人は日々、安全を選ぶか、成長というリスクを選ぶかの選択を繰り返していると述べています。

マズロー氏によれば、成長とは一度きりの決断ではなく、恐れを乗り越えながら、何度も選び直していくものだといわれています。

ここで大切なのは、「安全を選ぶこと」も「成長を選ぶこと」も、どちらも間違いではないという視点ではないでしょうか。今日は型の中で心を休ませる日があってもいいし、今日は小さな一歩を踏み出す日があってもいい。その揺れ動き自体が、心が健やかに機能している証なのかもしれません。

小さな「脱却」から始めてみる

いきなり大きく変わろうとすると、かえって不安が強くなってしまうこともあります。
先述の「認知的完結欲求」の研究でも、不確実さへの耐性には個人差があるとされており、無理に自分を追い込む必要はないといわれています。

そこで、こんな小さな一歩から始めてみるのはいかがでしょうか。

いつもと違う道を選んでみる(帰り道を1本変えるだけでも)
普段選ばないメニューを、ひとつだけ試してみる
ルーティンの中に、5分だけ「決めていない時間」を作ってみる

型の中に、ほんの少しの余白を作る。
それだけで、脳は「新しさ」を感じ取り、小さな心地よさを届けてくれるといわれています。

おわりに

たとえば、長年通っていたヘアサロンを変えようか迷ったとき。
使い慣れたボディソープを、新しいものに替えてみようか悩んだとき。
そんな些細な場面で、心がざわつくのを感じたことはないでしょうか。

「今のままで十分なのに、なぜ気になるんだろう」
「変えてみたい気持ちはあるのに、なぜ一歩が踏み出せないんだろう」

そんなふうに自分の心の動きを不思議に思うことがあるかもしれませんが、それは決して優柔不断なのではなく、心の中で「安心していたい自分」と「変わってみたい自分」が、同時にちゃんと働いているのだといえそうです。

この記事でご紹介したように、人には予測できる状態を心地よく感じる仕組みと、新しいものに反応する仕組みの両方が備わっているといわれています。
どちらか一方が正しくて、もう一方が間違っているわけではありません。
むしろ、その両方が声をあげているからこそ、私たちは立ち止まったり、迷ったりしながら、自分にとって心地よいバランスを探しているのではないでしょうか。

マズロー氏は、成長とは一度の決断で終わるものではなく、恐れを乗り越えながら何度も選び直していくものだと述べています。だとすれば、今日選ばなかったとしても、それは失敗ではなく、また明日選び直せばいいだけのことなのかもしれません。

ヘアサロンを変える日が、今日でなくてもいい。
ボディソープを替える決心が、来月になってもいい。

型の中で心を休ませる時間も、小さな一歩を踏み出す時間も、どちらもあなたにとって必要な時間です。あなたのペースで、少しずつ進んでいけたら、それで十分です。

どうかご自身の心の揺れ動きを、ゆっくりと見守ってあげてくださいね🌿

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