前回は、「大丈夫」と感じさせる正常性バイアスと楽観バイアスについてお伝えしました。
今回は、もうひとつの重要なテーマです。
人は一人でいるときと、集団の中にいるときとで、判断の仕方が変わることがあります。
また、不安が高まった状況では、誤った情報を信じやすくなるという傾向もあります。
災害時のSNSを見ていると、こうした心理が複合的に働いている場面を感じることがあります。
周囲を見て判断する、同調行動
不確かな状況に置かれたとき、人はまわりの人の行動を手がかりとして判断します。
「まだ誰も動いていないから、今は動かなくていいのかもしれない」
「あの人が落ち着いているなら、大したことではないのだろう」。
こうした判断は、多数派同調(Majority Conformity)と呼ばれる心理的メカニズムから生まれています。
社会心理学者のソロモン・アッシュ氏(スワースモア大学)による一連の同調実験(1951〜1956年)は、明らかに誤っている多数派の判断であっても個人がそれに従いやすいことを示した古典的研究として知られています。実験では、被験者の約75%が少なくとも一度は多数派の誤った答えに同調したことが記録されています。
また社会心理学者のビブ・ラタネ氏とジョン・ダーリー氏(1968年)の研究では、緊急事態において周囲の人数が多いほど個人が行動を起こしにくくなる「傍観者効果(Bystander Effect)」が示されており、この知見は避難行動研究にも応用されています。
煙が充満する部屋でも、周囲の人が平静を保っていると自分も動きにくくなるという実験結果は、同調行動の強さを端的に示しています。
現代ではSNSがこの動きに影響することがあります。
災害が起きているさなかに「うちの近くは全然平気です」という投稿を目にすると、発信者の地域や状況が自分とまったく異なっていても、それが判断の基準になってしまうことがあります。情報を求める心理と同調行動が組み合わさったとき、こうしたことが起きやすくなります。
公的機関からの情報(気象庁・自治体の防災情報)を行動判断の基準にする習慣が、同調行動への対策として有効になります。
災害時にデマが広がりやすい理由
災害のたびに、誤った情報がSNSなどで拡散されることがあります。
後から確認すると事実ではなかったということも、残念ながら少なくありません。
なぜこうしたことが起きるのでしょうか。
ひとつには、不確実な状況が情報への強い渇望を生むという点があります。何が起きているかわからない、どう動けばいいかわからない状態に置かれると、人はとにかく情報を求めます。その切実さの中で、真偽を確かめる前に情報が広がっていきます。
もうひとつは、感情的覚醒が高い状態では情報処理の精度が下がるという点です。
認知科学者のゴードン・ペニークック氏(レジャイナ大学)とデイヴィッド・ランド氏(MIT)の2019年の研究(Nature掲載)は、誤情報を信じやすくなる主要因が批判的思考の低下にあることを示しており、感情的に動揺している状態では情報の真偽を吟味する認知的リソースが低下することが確認されています。
国立情報学研究所の研究グループによる2011年東日本大震災後のTwitter分析では、デマ情報の拡散速度が正確な情報を上回るケースがあったことが報告されており(大向一輝ほか、2011年)、災害直後のSNS環境における誤情報拡散の実態が示されています。
さらに心理学者のキャス・サンスティーン氏(ハーバード大学)は、同じ意見の人が集まりやすいSNSの構造(エコーチェンバー現象)が誤情報の定着を加速させることを論じており、災害時のデマ拡散とも深く関連しています。

「一呼吸置く」ことの意味
前述のペニークック氏らの研究では、情報を転送・共有する前に「この情報は正確か?」と一度問いかけるよう促すだけで、誤情報の拡散が有意に減少することが示されています。
「一呼吸置く」というシンプルな習慣が、有事の場面で大きな意味を持ちます。
・発信者は誰か
・情報源はどこか
・公的機関の発表と一致しているか
こうした確認を、平静なうちに「有事のときは一度立ち止まる」と心に決めておくことが、実際の場面で助けになります。
気象庁・自治体の防災情報など、信頼できる情報源を平時から把握しておくことも、デマへの耐性を高める備えのひとつです。
次回は、緊急時に「身体が止まってしまう」フリーズ反応と、心理学の知見を日常の備えに活かす方法についてお伝えします。
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